合意の原則
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1 労働契約法では,労働契約の基本ルールとして,合意の原則を定めています。
当事者の合意により契約が成立し,又は変更されることは,契約の一般原則です。
しかし,個別の労働者及び使用者の間には,現実の力関係の不平等が存在するとされ,労働契約法3条1項では,次のことが労働契約の基本ルールとして定められています。
◎労働契約の締結や変更に当たっては,労使の対等の立場における合意によるのが原則である。
労働契約法の目的は,「労働者及び使用者の自主的な交渉の下で,労働契約が合意により成立し,又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより,合理的な労働条件の決定または変更が円滑に行われるようにすることを通じて,労働者の保護を図りつつ,個別の労働関係の安定に資すること」とされていますが(1条),労働契約法3条1項は,労働契約の原則としての労使対等の原則に基づき合意の原則を宣明するものです。
2 労働契約法で現れる合意の原則を整理すると,次のとおりです。
【第1章 総則】
〇目的(第1条)
[労働契約の合意の原則]の宣明
〇定義(第2条)
〇労働契約の原則(第3条)
[労働契約の合意の原則]の宣明
【第2章 労働契約の成立及び変更】
〇労働契約の成立(第6条)
[労働契約の合意の原則]の再言
〇労働契約の内容の変更(第8条)
[労働契約の合意の原則]の再言
〇就業規則による労働契約の内容の変更(第9条)
[就業規則による労働契約の変更における合意の原則]
3 まとめ
民法での契約の一般原則としての合意の原則について,労働契約法では,労働契約の原則としての労使対等の原則に基づき合意の原則を宣明していることは,既に述べたとおりですが,それ以外にも,労働者の意思表示の有無を判断する場合,個別の労働者及び使用者の間には,現実の力関係の不平等が存在することを前提とした法的対応がとられる場面があります。
例えば,山梨県民信用組合事件で,最高裁判所は,次のとおり判示しています(最高裁平成28年2月19日・第二小法廷判決)。
「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも,判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁,最高裁昭和63年(オ)第4号平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁等参照)。 」
この判断の在り方は,「労働契約の内容である労働条件は,労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり,このことは,就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても,その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き,異なるものではないと解される(労働契約法8条,9条本文参照)。もっとも,使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても,労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており,自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば,当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく,当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。」との考え方を前提とするものです。
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。