【懲戒】経歴詐称(一般論)
経歴詐称とは、採用過程での履歴書記載や面接等におきまして、学歴・職歴などの経歴について、労働者が虚偽の内容を申告することや、事実を秘匿することをいいます。
多くの企業で、就業規則において、経歴詐称は懲戒対象行為とされており、懲戒解雇処分とされることもあります。
そこで、労働者は自己の経歴に関して真実を告知する義務を負っているか、負っているとしても懲戒処分となしうるのか、懲戒解雇は妥当なのか、いかなる経歴詐称が対象となるのかが問題となります。
裁判例によれば、労働者の経歴詐称行為が懲戒処分の対象とされる根拠は、重大な信義則違反、採否の判断を誤らせる企業秩序違反行為であることにあります。
労働契約は、当事者間の信頼関係に基礎をおく継続的契約でありますから、労働者による経歴詐称による影響は、労働契約締結後に行われる労働者の背信行為と区別して取り扱う理由がなく、採用方法やその配置計画等に重大な検討や変更を加えることを余儀なくされるため、企業秩序に影響しますし(スーパーバッグ事件 東京地判昭和54年3月8日)、経歴詐称により、本来従業員たり得ないのに従業員たる地位を取得した場合には、その詐称は重大な信義則違反であり、かつ、契約成立の根幹を揺るがすものでありますので、経歴詐称自体で企業秩序に重大な影響を与えている(硬化クローム工業事件 東京高判昭和61年5月28日)ことから、懲戒解雇の対象となるとされています。
その上で、経歴詐称による懲戒処分の有効性につきましては、懲戒処分の性質から、経歴詐称により経営の秩序が相当程度乱されたことを要するかが問題となっています。
具体的には、会社の業務遂行に影響を与えなかったことを理由として、懲戒事由に当たらないとされたもの(西日本アルミニウム工業事件 福岡高判昭和55年1月17日)などがあり、懲戒権の発動は企業秩序に対し具体的な損害を及ぼした場合初めてその程度に応じて許されるという考え方も強いといえます。
しかし、最高裁が是認した高裁判決(炭研精工事件 東京高判平成3年2月20日)は、学歴を低く詐称した事案におきまして、実害発生の有無を論ずることなく、懲戒解雇事由たりうることを認めていますし、また、経歴詐称事態によって使用者との信頼関係が破壊されたといえると判断した裁判例もあります(東京地判平成22年11月10日)。
裁判所の判断傾向としては、経歴詐称による具体的な実害発生の有無を問わず、懲戒解雇事由となると判断される可能性もかなりあると考えられます。
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。