契約の締結過程(募集)
わが国では、職業選択の自由(憲法22条1項)、財産権(憲法29条)を根拠として、使用者に採用の自由が認められています。
そして、採用の自由には、募集方法の自由、選択の自由、調査の自由、契約締結の自由があると考えられています。
しかしながら、基本的には採用の自由は認められてはいますが、法律や裁判所の判例により種々の制限がなされています。
これを、募集段階についてみれば、各種の制定法があり、募集段階においても労働条件等の明示をしなければなりませんし(労基法15条1項、職安法5条の3)、また、性や年齢による差別も禁止されています(雇用機会均等法5条など)。
ここで、労働者の募集を行う者が、労働者の募集時に明示した労働条件と、実際の労働条件が異なる場合、募集時の労働条件は労働契約となるかが問題となります。
この点に関しましては、労働契約も契約ですから、当事者の合理的意思の解釈がなされることはもちろんです。そして、その際に合理的意思をいかに解釈するかについては以下のような裁判例が存在します。
賞与・昇給などは、事業実績や経済状況により左右されますので、それらが直ちに労働契約の内容となるものではないとされています。しかし、著しく異なる場合は、信義則上の責任が生じる可能性があり(八洲測量事件 東京高判昭和58年12月19日)、また、労基法15条違反も認められる場合もあります。
これに対し、期間の定めの有無や退職金の有無などについては、一時的な経済情勢の変動に左右されるべきものではありませんので、当事者が労働契約段階でそれと異なる合意をしない限りは、雇用契約の内容になると考えられています(丸一商店事件 大阪地判平成10年10月30日)。
また、裁判所によれば、労働契約の締結過程において、求職者に対して誤導するような不誠実な説明をしたり、説明を尽くさなかったりすれば、不法行為が成立する場合があります。
具体的には、労働契約締結過程において、誤導的な説明を信じて労働契約を締結した労働者が実際には異なる処遇であった場合や、雇用が実現するか否か不確定であったにも関わらず、それを十分には説明せず、雇用がなされなかった場合等において、信義則違反を理由として不法行為責任が認めらたものが存在します(日新火災海上保険事件 東京高判平成12年4月19日等)。
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。