パタニティハラスメントを知っていますか?
-- 先生,ひどいと思いませんか。うちの男性従業員が,育児休暇をとりたいって言うんです。ふざけるにもほどがある。一喝してやりました。でも,何となく決着がつかないのです。
前田 社長,それは,「パタハラ」,つまり「パタニティハラスメント」と呼ばれる場面です。
-- ハラスメントっていうからには,嫌がらせということですよね。経営者はつらいものです。私はいつも従業員から無茶を言われて嫌がらせをされているんですよ。先生,私の「パタニティハラスメント」はどうやって救済してもらえるんですか。
前田 いやいや,誤解しないで下さい。「パタニティハラスメント」ってのは,男性の育児休業の取得など男性の育児参加を邪魔するような言動をいうのです。つまり,方向としては,社長から男性従業員に対する嫌がらせのことなんですよ。
-- なんと……。どう考えてもおかしいじゃないですか。育児は奥さんにまかせておけばよいし,男がいたって邪魔になるだけでしょう。
前田 いやいや,そういう考え方自体が,旧来の男社会の価値観を押し付けるものだと言われるのです。所定の要件はありますが,法律上,男性も育児休業をとれることになっており,次第に緩やかに改正されてきました。しかし,2012年度の男性の育児休業の取得率は,1・89パーセントなんだそうで,企業側の環境づくりが悪いのだとまで言われることがあります。
-- どうも納得できないな。
前田 社長の若いころとは,もう時代が変わったのです。きっと日常生活の中で,価値観が対立するという場面まで至ることは少なかったのでしょう。しかし,今は正面だって価値観は多様であり,お互いに価値観にまで踏み込んで尊重しなければならないという風潮であり,そのような前提で法律問題も処理されているのです。
相手の価値観をおかしいと決め付けての対応は,全くNGです。
セクハラにせよ,パワハラにせよ,ハラスメント問題は,世間から企業が加害者側と見られた場合,信用失墜,風評被害につながり,ダメージが大きいのです。パタハラもそのようなものと理解しなければなりません。
-- どうにかならないんでしょうかね。「話せば分かる」と思うのですがね。
前田 ほら,少し前に,「格差社会」って言葉が流行ったでしょう。あの言葉はもっぱら所得格差,経済的格差のことを述べたものでした。しかし,本当は,表面的な所得や経済上の格差が進んでいるというより,物事の考え方自体の違い,価値観自体の違いが大きくなってきて,紛争や対立もここまでいって,互いに譲り合えないということも顕在化してくるように思うのです。例えば,いつかは自分の家を持つという発想がなくなれば,貸す側と借りる側は,全く固定化してしまいます。互いに立場の行き来がなくなれば,考え方の中に歴然とした溝ができるのは当然でしょう。
-- これからどのように対応していったらよいのでしょうかね。
前田 もちろん,価値観が違うから仕方がないでは済まないでしょう。問題が発生したら,「許せない」とか,「反撃したい」と感情ばかりにとらわれかねませんが,本質的なことは何かをきちんと見据えていかなければなりません。問題の核心は何かをきちんと捉えることが必須です。そのうえで,その場その場の状況を個別的具体的に把握し,技術的なことも含めどのような対応をするのが得策かをきちんと考えて対応することです。とはいっても,理屈ばかりでは何も生みませんね。具体的内容を分析しながら,先ほどの男性従業員とはどのような対応をしたほうがよいか一緒に考えてみましょう。一緒に考えれば,きっとよい対応策が発見できるはずです。
(2014年1月)
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。