わが国で最初のセクシュアル・ハラスメント訴訟で、企業に対する損害賠償請求も認められた!!
わが国で最初のセクシュアル・ハラスメント訴訟として報道された裁判例として、福岡地方裁判所平成4年4月16日判決[福岡セクシュアル・ハラスメント事件]があります。
[判示事項]
1 部下の女性との対立関係に関連してその女性の異性関係をめぐる行状や性向についての悪評を流す等した上司の行為について、不法行為責任が認められた事例
2 上司の行為に対する適切な対処を怠った会社幹部について、被用者のために働きやすい職場環境を維持するよう調整する義務への違反が存するとして、会社の使用者責任が認められた事例
もっとも、裁判官の視点からは、結論は妥当であるものの、セクシュアル・ハラスメント法理のリーディングケースとすることについては、消極的になるようです。
しかし、そうであれば、なおさら、実社会でセクシュアル・ハラスメントの場面に限らず通用する理屈ということになり、判決での論理展開は、ハラスメント全般について注視すべきこととなるはずです。
現場で大事なことは、理屈の美学ではなく、理屈はともかく、紛争・トラブルの解決・予防のための有用性にほかなりません。
この事案で確認すべき重要事項は、対立する被用者間の紛争について、一方の譲歩、犠牲において調整された結果で終息に至った場合、使用者は責任を問われかねない、ということです。
以下は要点のみですので、関心のある方はぜひ裁判例に当たってみてください。
もちろん、既に紛争化している使用者の方は、ぜひご相談ください。
1 裁判所の判断で参考にすべきポイント
裁判所は、上司及び会社の不法行為責任を認めました。
(1)裁判所は、上司の責任を認める判断をするに当たり、
部下の職場環境を悪化させた原因として、部下側にも会社の業務上の主導権を得ようとして対立関係を増大させたとの事情が存することを指摘し、このような状況下では相互に多少の中傷等が行われることはやむを得ないとも考えられるとしつつも、
上司が部下との対立関係に対処するに当たり女性である部下の異性との交友関係を中心とした私生活に関する非難等を手段ないしは方途として用いたことを重視しています。
(2)裁判所は、会社の使用者を認めるに当たり、
会社幹部らは、職場環境を調整しようとした姿勢は一応見られるものの、女性と上司との対立の主因が上司の女性の私生活等に対する一方的な理解等に存すること正しく認識していたとはいえず、両者の話し合いを促すことを対処の中心とし、
結局は主として女性である部下の譲歩、犠牲において職場関係を調整しようとしたものであり、
早期に事実関係を確認する等して問題の性質に見合った適切な職場環境調整の方途を探り、退職という最悪の事態の発生を極力回避する方向で努力することに十分でないところがあった、としています。
この点について、裁判所の説示をそのまま引用すると、次のとおりです。
「以上のとおり、〇専務らの行為についても、職場環境を調整するよう配慮する義務を怠り、また、憲法や関係法令上雇用関係において男女を平等に取り扱うべきであるにもかかわらず、主として女性である原告の譲歩、犠牲において職場関係を調整しようとした点において不法行為性が認められるから、被告会社は、右不法行為についても、使用者責任を負うものというべきである。」
2 本件に対する裁判官らの評価
本件は、いわゆるセクシュアル・ハラスメントの法理につき初の本格的な司法判断がしめされた事例として、注目を集めたものとされています。
しかし、近時、労働専門部に所属した元裁判官は、
この事例は、事案の中身を見れば、上司が女性従業員の異性関係の乱れを吹聴して退職に追い込んだ事例であり、明白に名誉棄損と評価できる事案であり、セクシュアルハラスメントという概念を使用するまでもなく、不法行為が認定できる(使用者責任を認めることができる。)事案であったため、裁判規範としてのセクシュアルハラスメントという概念の外延を確定する必要性は高くなかったということができる、としています(渡辺弘氏)。
また、判決当時、この裁判例を登載した判例雑誌(判例タイムズ)に掲載されたコメント(通常、裁判官が匿名で執筆)では、
本判決が、いわゆる環境型のセクシュアル・ハラスメントに関するもので、しかも、使用者の責任についてまで踏み込んでいる点で、注目に値するとしながら、本判決は、あくまで事案の具体的な事実関係に即して判断するとの論理展開を示しており、今後本判決の示した考え方が受け入れられるとしても、個々の場面における注意義務の在り方の詳細については、一層の議論の積み重ねが必要とされようと、しています。
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。