信義誠実の原則・権利濫用の禁止
労働契約法は、基本原則として、合意原則、均衡考慮の原則、仕事と生活の調和への配慮の原則、信義誠実の原則・権利濫用の禁止を定めています。 信義誠実の原則 労働契約法3条4項は、労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に権利を行使し、及び義務を履行しなければならない、として信義誠実の原則を定めています。 これは、労働契約の遵守義務とともに、私法上の重要な原則とされている信義誠実の原則(民法1条2項)を労働契約におきまして具体化したものです。 労働契約は、継続的かつ人格的・組織的性格を有する契約ですから、当事者間の信頼関係が重視され、信義誠実の原則は重要な意義を有することになりますので、労働者・使用者の権利義務の解釈基準となり、また、多様な付随義務を根拠づける規範としても機能することとなります。 この点に関しまして、付随義務の例としましては、守秘義務、競業避止義務、使用者の安全配慮義務、使用者の説明・協議義務などが考えらます。 裁判所による例として、安全配慮義務に関する自衛隊車両整備工場事件(最判昭和50年2月25日)、使用者が、労働者に対して損害賠償請求権を行使する場合に関する茨石事件(最判昭和51年7月8日)、整理解雇における説明義務に関する泉州学園事件(大阪高判平成23年7月15日)などが存在します。 この信義誠実の原則は、使用者の義務を根拠づける規範としまして、重要な役割をもっていますが、労働者の付随義務を根拠づける規範としても機能しています(ラクソン事件 東京地判平成3年2月25日等)。 権利濫用の禁止 労働法3条5項は、労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない、として権利濫用の禁止を定めています。 これにつきましても、私法上の重要な原則とされている権利濫用禁止規定(民法1条3項)を労働契約におきまして具体化したものです。 労働契約は、使用者の指揮命令権などのように、使用者に対しまして多様な権利を帰属させる契約となっています。 ですから、労使間の適切な利益調整を図る上で、使用者の権利行使について権利濫用禁止規定は重要な機能を有することとなります。 この権利濫用禁止規定につきましても、使用者のみならず労働者にも適用されます。 裁判例としましては、労働者が、在職中に重大な非違行為を行なった場合において、退職後に退職金を請求することは、権利の濫用と評価されている例などが挙げられます(ピアス事件 大阪公判平成21年3月30日)。
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。