セクハラ・パワハラに対処せよ!
--セクハラ問題というのは,もう常識のように広く知られた言葉ですね。
前田 「セクハラ」はセクシュアル・ハラスメントの略で,かつて「性的嫌がらせ」と訳されたこともあります。セクハラという言葉が登場したころは,主に,職務上の立場や権限を利用して,性的な要求をする場合(対価型セクハラ)が想定されていたようです。
しかしまもなく,性的言動によって,職場の環境に悪影響を与える場合(環境型)なども含まれるようになりました。
病院の例をあげると,看護師さんが上司から勤務中に,胸や太股などを触られたり,「いい尻してるな」「処女か」などのみだらな言葉を浴びせられたという訴えで,裁判所は上司によるセクハラの事実を認め,上司と勤務先の病院に55万円の支払を命じています(津地裁平9・11・5判決)。
--時代とともに違法とされる範囲広がっていったということですね。
前田 権利意識が高まり社会問題化が進むと,物事の法的な捉え方も変化していきます。
例えば20分間抱きつかれて猥褻な行為をされたというケースにおいて,かつては被告側が,振り払って外へ逃げたり,悲鳴を上げて助けを求めることができるはずなので,被害者の供述は信用できないと主張したこともありました。しかし10年以上前の判決で,職場での上下関係,同僚との友好関係を考えそのような行動をとらない場合もあるとしてこうした主張を斥けています(東京高裁の平9・11・20判決)。現在安易にこのような主張をすれば,非常識と言われるでしょう。
--「言葉のセクハラ」ということも聞きますね。
前田 言葉のセクハラという用語は,例えば「まだ結婚しないの?」といった発言が発言者に悪意なく発せられた場合でも,状況によってはセクハラとなる場合があることを明確にするものです。セクハラとされて違法となる対象が広がっているのです。
--どのような心構えが必要ですか。
前田 ある行為がセクハラにあたるかどうかは,被害者の主観に大きく左右されることは否定できません。同じことを言われるのでも,実際の「上司」からと,ALWAYS 三丁目の夕日の「堤真一」からでは,女性側の不快さの程度が異なるといった感受性の問題もあります。
「ハイパーセンシティブ・ビクティム(過敏な被害者)」と呼ばれる問題もあります。
厚生労働省が告示した指針によると,男性もセクハラ被害者に含まれています。「看護婦」という用語が「看護師」に変更された現在,「男らしくない」と言われた男性が,女性を訴える時代が来るかもしれません。
違法となる対象が広がっていることはもちろん,「セクハラ」問題は,疑われるだけで加害者とされた側のダメージが大きいことを理解して対応しなければなりません。
--「パワハラ」というのも,耳にするようになりました。
前田 「パワハラ」はパワーハラスメントの略で,「セクハラ」と同様,他者の人格を傷つける行為のひとつと捉えられます。法律の中に登場する用語ではありませんが,セクハラとされて違法となる対象が拡大していく中,性的要素を伴わない場面に違法対象を広げる流れの中でできた言葉です。ハラスメント=嫌がらせ,という意味に立ち返ったうえで(セクハラも当初は「性的な要求」という面が重視されていた),いじめを職場における違法行為という共通項で考えたものです。
--セクハラやパワハラは,職場でのことといっても,上司と部下,あるいは同僚間での問題でしょう。使用者が自分との関係で考える必要があるのですか。
前田 社長とか院長が事件を起こさない限り,そもそも従業員間の問題だから関係ないと思い込んでいる使用者がおられますが,大間違いです。
セクハラとされる対象が広がっていくとともに,使用者の職場環境についての法的義務が強化されるようになり,平成19年に施行された改正男女雇用機会均等法は使用者に対して,セクハラを事前に防止する義務とセクハラが発生した場合に対処し措置を講ずる義務を明記しています。
したがって,従業員が職場でしたセクハラ,パワハラについて,使用者が損害賠償責任を負うことがあるのです。
--でも,パワハラについては,法律上の規定がないのでは。
前田 法律の規定がなければ,法的義務を負うことがないという考えも,しばしばみられる重大な誤りです。セクハラの法規制が確立されたのは平成9年の雇用機会均等法改正です。しかし法律の規定がなくても,それまで裁判所の中で被害者の救済が進められてきました。セクハラ訴訟として不法行為責任が認められた裁判として,既に平成2年に判決があります。明文の法律がなくとも,裁判所が独自に判断し,法律に先行して法を創造していくこと(判例)も少なくないのです。
--「モラハラ」という言葉も聞きますが。
前田 「モラハラ」(モラル・ハラスメント)は,職場であっても,上司によるものではないとか,陰湿な非有形力によるものであると,「パワハラ」と区別して説明されることもあります。しかし,「パワハラ」同様,明確な定義があるわけではありません。新しい言葉が出てくるのは,従来の概念での不足を補おうという動きがある場合です。言葉の定義とか法律の定義とか形式面に拘るより,違法とされる対象が拡大される方向にあるのだという認識をもってトラブルをイメージし,すみやかに具体的に対応に着手するのが,実際の現場では有益です。
加害者本人だけではなく,世間から加害者側と見られた場合,信用失墜,風評被害につながり,ダメージが大きいことも考え,職場環境配慮義務を負う使用者としては,本腰を入れ,積極的に対応しなければなりません。
(2012年11月)
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。