【使用者側弁護士前田尚一(札幌)の視点】経営者の常識は危険!トラブル・紛争に直面した場合の経営者・管理者のスタンス
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労働問題に対峙する経営者・管理者の方々には、
必ず、一度はじっくりと読んでいただきたいページです。
はじめに
社員・従業員、労働組合(労組)とのトラブル・紛争に直面し初めてご来所される経営者・管理者の皆さまの特徴があります。
お話をお伺いしながら、その問題についての裁判所の考え方を説明すると、多くの方は、ご自身の考えの方が正しいことを力説されます。なぜそうなのか、そうであるのはどのような事情があるからなのかを自信満々に、あるいは必死になって説明されるのです。
しかし、社員・従業員側に裁判所に持ち込まれた場合、裁判所の考え方とご自身が常識だと思う考え方が違えば、納得できるかどうかはともかく、どちらの考え方を前提に進んでいくか、そのままいけばどのような結論になるかは、実ははっきりしています。
中には、裁判所の考え方だと、経営側が勝つはずだと断言される方もかなりおられます。しかし、その多くの場合は、裁判所の考え方を、自分寄りに解釈し直していたり、その考え方が直面する場面では当たらないのに、当たると思い込む場合がほとんどです。
そのため、ご来所された初対面の経営者・管理者は、いつのまにか私を説得することに終始されることとなります。
幸いにも、どこかで、それを断ち切るタイミングが訪れた方は、直面したトラブル・紛争をよりよく解決する方向に向かい始めますが、そうではなく、「考えて見る。」と言って不機嫌に帰られる経営者・管理者の方々は、これまでどおり、別の弁護士などに相談することを続けるのでしょう。
その場面は、自分の納得する対応をする医者を探し続ける方に似ています。もちろん、直したいというモチベーションは重要ですが、治療は、現在の医学水準に基づいてされるのですから、出来ることと出来ないことがあり、出来ることの中で一番よいことを選ぶということが、最低・不可欠の前提となるはずです。
前置きがやや長くなりましたが、社員・従業員、労働組合(労組)とのトラブル・紛争に直面した場合の最低・不可欠の前提を確保するための、経営者・管理者のスタンスを考えて見ましょう。
まず、冷静になって、次の点を「使用者側の心構え」をきちんと理解できているところからスタートしなければなりません。とりあえずは、意識的・積極的に、怒りをかっこの中に入れ、ご自身にきちんと理解させることが必要です。
使用者側の心構え
1 企業法務においては、「トラブル」が「紛争」となる前に、また、「問題」が「損害」となる前に、手早く早期に解決することが最重要事項の一つ
2 しかし、「早期解決」も、現実逃避のために相手方と拙速に妥協するのが実態であれば、かえって、将来に火種を残し、円滑な企業経営を阻害する
3 処理のスピード化が、弁護士側の技術不足の隠蔽であったり、弁護士側の事務所運営の効率化のため(早期の報酬を確保)の方策にすぎないこととなれば、本末転倒
ところが、このようなことを理解しても、すぐに解決に向かう体制が整うわけではありません。それは、経営者・管理者の方々は、次のような4つの間違いに陥りやすいからです。
経営者側が陥る
根本的な4つの間違い
経営者・管理者の少なからずの方々が、無意識のうちに、次のように思い込みがちです。
1 従来の経営手法や社会常識で物事を解決できる。
2 「事実」は一つ、誰が見てもはっきりしている。
3 結論が決まっていることを「時間と手間」をかけて話し合うのは無駄である。
4 「世間の物知り」の話に飛びつき、お手軽な方法で安易に対応
以上を確認した上で、労働問題に取り組む経営者・管理者のスタンスのポイントを挙げてみましょう。
労働問題に取り組む経営者・管理者のスタンス
1 経営者vs労働者の価値観・立場の違い・対立
[経営者側の思い込み]
〇 自分の理解・確信する経営手法や社会常識で物事を解決できるとの誤解
〇 価値観を変える必要はないが、世の中の動きをきちんと知らなければならない。
[労働者側]
〇 帰属意識の低下
〇 権利意識の高揚
〔時代背景〕 ⇒ 拍車
2 法律、裁判所(判例・裁判例)その他の制度の立場・姿勢
労働者を保護・労働者の優位
〇 法律は労働者に有利に定められている
〇 裁判所は、労働者よりの判断をするのが実際
〇 特に地方の労働委員会は……
3 積み上げ・書面化の重要性
〇 実態と手続の重視
〇 事実関係・意思の確定性・確実性、制度の実質
〇 証拠の確保
4 個別具体的問題としての把握、紛争化の経緯
〇 特に中小企業の場合、常に、現実問題として存在する。
〇 経営者は気付かないか、気付かないふりをして先送りしているだけ。
〇 すべてを、今の問題と捉え、今必要な解決に結びつけて組み立てる。
〇 問題の発端まで遡る。
5 労働組合-合同労組、ユニオン
6 ブラック企業などとの汚名、風評被害
7 中堅中小企業の在り方
いかがでしょうか。
最後に、それでは、以上を踏まえ、直面する社員・従業員、労働組合(労組)とのトラブル・紛争に対処していく上で、いつもぶれなく保持しておかなければならない考えをまとめておきましょう。
労働問題に取り組む経営者・管理者がいつも保つべき思考
1 トラブル・紛争の発端・契機となる「問題社員」をきちんと見つめ、早期に解決すべきときは放置することなく迅速に対応し、徹底して争うべきときは、拙速に安易な妥協することなく対応していかなければなりません。
2 できることとできないことをはっきり理解する必要があります。
3 変容する大きな流れの中で、就業規則の制定・見直しはもちろんですが、長い目で法律制度の動きと組織内の問題社員の動きにアンテナを張っていなければなりません。
4 顕在、潜在にかかわらず、問題は、常に現実のものとして存在する。何か不安めいたことがあったら、早い時期から案件の具体的な状況を分析し、問題の核心を把握しておかなければなりません。
附:労働問題の紛争類型ごと・場面ごとのキモ
1 長時間労働・未払い残業代問題
管理の責任と機械的計算
2 パワハラ、セクハラその他のハラスメント問題
“関 係 性”
3 解雇・退職勧奨の問題
世間の価値観と法制度の客観的理解+度胸
⇒ 決 断
4 メンタルヘルス問題
“人情”……どこまで対応できるかの実態・状況
5 労働組合・団体交渉対策・労働審判・労働訴訟対応
仕組みの理解・活用+リーダーシップ
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。