正職員の手当削減は「合法」?
正職員の手当削減は「合法」?
近年、「同一労働同一賃金」の原則が強く求められる中で、企業の人事戦略にも大きな影響を与えています。その流れの中で、2023年5月24日、山口地方裁判所は「非正規職員との待遇格差を解消するために正職員の手当を削減すること」を容認する判決を下しました。この判断は、多くの企業にとって重要な示唆を与えるものです。
なお、「正社員、待遇下げ「平等」の衝撃 非正規との格差是正 最高裁が手当減額容認」(日本経済新聞2024年10月21日)とのことです。
判決の背景と内容
本件は、済生会山口総合病院の正職員9名が、手当削減分の支払いを求めた訴訟です。彼らは、「非正規雇用労働者との格差是正を目的として手当を削減することは違法である」と主張しました。しかし、裁判所はこれを退け、正職員の待遇引き下げを認める判断を示しました。
この判決のポイントは、「企業が非正規雇用者の待遇を引き上げる資金的余裕がない場合、正職員の待遇を引き下げることで格差是正を図ることも一定の条件下で許容される」とした点です。
法的観点からの整理
「パートタイム・有期雇用労働法」では、企業内での不合理な待遇差を禁止しています(第8条)。企業は、職務内容や責任の程度を考慮し、「不合理ではない」待遇差を設定する必要があります。
一方で、労働契約法では、使用者が労働者の合意なしに就業規則を変更し、不利益に労働条件を変更することは原則禁止されています(第9条)。ただし、
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変更の必要性
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労働条件の変更後の合理性
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労働組合などとの交渉の状況
などの事情を考慮し、合理的なものであれば例外的に認められる場合もあります(第10条)。
企業にとってのリスクと留意点
この判決により、正職員の手当削減が一定条件下で認められる可能性が示されましたが、企業がこれを安易に適用するのは危険です。注意すべきポイントは以下のとおりです。
1. 労働契約の変更は慎重に
正職員の待遇を一方的に引き下げることは、労働契約法上の「合理性」を満たさなければ違法となる可能性があります。特に、就業規則の変更を伴う場合は、労働者や労働組合との十分な協議が求められます。
2. 他の方法での待遇格差是正を検討
正職員の手当削減だけでなく、以下のような方法も検討すべきです。
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非正規雇用者の待遇改善を段階的に進める
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業績向上による賃金の底上げを図る
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福利厚生の見直しによる間接的な待遇改善
3. 今後の判例や法改正の動向を注視
本判決は地裁レベルのものであり、控訴審や最高裁の判断によっては異なる結論が出る可能性があります。企業はこの判例を前提に施策を進める前に、今後の裁判例や労働行政の動向を慎重に見極める必要があります。
企業経営者の皆様へ
労務管理における待遇格差の問題は、法的な観点だけでなく、従業員の士気や企業の評判にも影響を与えます。
安易な手当削減は従業員の不満を招き、優秀な人材の流出につながるリスクもあります。そのため、待遇格差の是正を検討する際は、慎重な判断が求められます。
当事務所では、企業の実態や経営方針を踏まえた最適な労務管理の方針を提案いたします。正職員と非正規職員の待遇問題に関するご相談は、ぜひ当事務所までお問い合わせください。
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。