出向命令の効力と労働者の同意、出向命令権の濫用について
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出向とは?
出向とは、労働者が自己の雇用先の企業に在籍したまま、多の企業の従業員ないし役員となって相当長期間にわたって当該他企業の業務に従事することをいいます。
転籍とは?
転籍とは、労働者が自己の雇用先の企業から多の企業へ籍を移して当該他企業の業務に従事することをいいます。 ですから、転籍との違いは、元の企業との労働契約が維持されることにあります。
出向命令の効力と労働者の同意
出向は、企業が有する人事管理の一手段ですが、関連会社の経営や技術指導などの人事政策や、従業員の処遇目的の場合まで、活発になされています。
出向は、企業間の人事異動であり、労働者が労務提供をする相手企業が変更されることになりますから、労働者の地位や労働条件に影響を及ぼします。これが労働者にとって不利益となる場合があることから、出向命令の効力、出向中の労働条件や法律関係をめぐり争いが増加しています。
民法625条1項は、使用者は労働者の承諾がなければその権利を第三者に譲渡し得ないと定められていますから、出向には労働者の同意が必要となります。 そこで、使用者による出向命令権と関連して、労働者のどのような同意が存在すれば、使用者に出向命令権が認められるかが問題となります。
この点に関しましては、個別的な同意を必要と考える場合でも、その都度の個別的同意に限られず事前の包括的同意でも良いと考えられていますし、個別的同意でなくても良いと考えても、就業規則や労働協約上の根拠規定や採用の際における同意などの明示の根拠が必要と考えられています。
判例
多くの裁判例では、個別的な同意は必要とされておりませんが、単なる包括的規定では足りず、就業規則や労働協約において、出向の対象企業、出向中の労働条件、服務関係、期間、復帰の際の労働条件の処理などについて、出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が定められていることが必要と考えられています(新日本製鐵事件 最判平成15年4月18日、日本レストランシステム事件 大阪高判平成17年1月25日)。
しかし、実際上1つの会社に近い状態で運営されていて、出向元企業と出向先企業との結びつきが強い場合に、実際上出向が配転と同様に実施されている事案で、他社への異動を出向と捉えた上で、入社時の包括的同意や就業規則上の根拠規定で足りるとしたり(興和事件 名古屋地判昭和55年3月26日)、出向元企業への復帰が予定されず、出向先で定年を迎える事となる出向につきましては、包括的同意では足りないとしています(JR東海事件 大阪地決平成6年8月10日)。
出向(出向命令権の濫用)
出向命令は、出向命令権が労働契約上認められるものであったとしましても、出向命令権の行使が権利の濫用とならないことが必要となります。
労働契約法14条は、使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする、と規定しています。 そして、その他の事情とは、対象労働者の不利益や手続の相当性などが挙げられます。
判例
使用者の出向命令と権利濫用の有無に関しまして、裁判所はその具体的基準として、転勤命令に関する判断と同様に、当該命令につき業務上の必要性が存しない場合または業務上の必要性が存する場合であっても、当該命令が他の不当な動機・目的を持ってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど、特段の事情の存する場合でない限りは、当該命令は権利の濫用になるものではない(東亜ペイント事件 最判昭和61年7月14日)という判断基準を採用していると考えられています(JR東海中津川運輸区事件 名古屋地判地判平成16年12月15日)。
出向命令が権利の濫用と判断された事案としましては、就業規則等に出向に関する規定がなく、その法的根拠自体を欠く無効なものであるか、法的根拠があるとしても出向命令に業務上の必要性が認められないことから権利の濫用にあたるとされたもの(日本レストランシステム事件 大阪高判平成17年1月25日)、出向先企業の職務内容から、労働者の身体的な負担を理由に権利の濫用を認めたもの(JR東海事件 大阪地決平成6年8月10日)、退職に追い詰めるという不当な動機・目的を持って行われたもの(平成6年17年9月16日)、病状が他の地域への転居を許さない母の世話を1人でしていることを理由に、転居を伴う出向命令を拒否したことが正当な理由であるとされた(佐世保重工業事件 長崎地佐世保支判昭和59年7月16日)などが存在します。
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。