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退職した社員(従業員)への損害賠償請求:顧客・従業員の引き抜き、秘密保持義務違反行為や競業避止義務違反行為への対抗措置

 退職した社員(従業員)による顧客・従業員の引き抜き、秘密保持義務違反行為や競業避止義務違反行為への対応は、ほどんどの経営者にとって頭から離れない悩み事。そして、実際にそのような事態が起き、退職した社員への損害賠償請求の可否や内容を検討せざるを得ない事態です。  

 その事態を実感していただくため、裁判例をひとつご紹介したします。ざっと事案をご確認いただき、裁判の実情を感じ取ってください。  

 ご覧になると、これだけの損害があるのに、こんなものなのか、そう思われる経営者の方もいらっしゃるかも知れません。  

 

 しかし、訴訟を提起することに意味がないということにはなりません。
 世間に公表される判例・裁判例は、判決文中に現れない事情も含め、あくまで一定の状況の下での一例にすぎません。
 経営者の皆さまは、自社の実情を踏まえ、訴えを提起することの損得を考える必要があります。  

 また、退職した従業員が、顧客・従業員の引き抜きや、秘密保持義務違反・競業避止義務違反の行為に及ばないようにしておく工夫、それでもそのような事態が起きた場合に損害を最小にするための方策を講じておく必要もあります。
 そして、紛争が起きていない段階で、紛争予防の措置を取る場合であっても、最終的な解決機関である裁判所に持ち込まれた場合を想定しておかなければ、将来にわたっての対応としては不十分なのです。

 

 退職した社員(従業員)に対する、顧客・従業員の引き抜き、秘密保持義務違反行為や競業避止義務違反行為への対抗措置について検討している経営者の方は、ぜひご一報ください。

 私は、依頼者にとっての「勝ち負け」は何なのかにこだわります。
 そして、勝ち負けの理解は、すべての人にとって同じではありません。経営者のキャラクター・パーソナリティーは様々であり、依頼者と弁護士はこのことも突き詰め、対抗措置を考えなければなりません。   

 私は、これまで様々な種類の訴訟に関わり、顧問弁護士として常時30以上の企業を直接にサポートしてきました。30年を超える弁護士経験と豊富な実績があります。この経験と実績に基づいた強みを活かし、依頼先企業の状況や志向、経営者の個性などを考慮しつつ、紛争の予防や解決に取り組んでいます。  

 なお、後半では、法律的な重要事項をまとめておきますので、参考にしてください。

 

【裁判例の紹介】

フレックスジャパン・アドバンテック事件(大阪地方裁判所平成14年9月11日判決)

1 事実関係  

 Aら4名の役職は,Aが金沢営業所の所長に当たるマネージャー,Y2がそれに次ぐ地位のキャップ,Y3が金沢営業所等を統轄する北陸ブロックのエリアマネージャー,Y4が富山営業所の所長に当たるマネージャーであった。  

 4名は,平成12年4月28日に一身上の都合による退職届(同月25日付)を突然X社に提出して,事務引継ぎも行わずにX社を退職した。4名は,X社在職中にすでにY社と密接な関係にある訴外T社に入社が内定していたが,退職後しばらくしてから,Y1はY社に入社し,Y2,Y3およびY4は,Y社と密接な関係にある訴外T社に入社した。  

 Y社は,Y2の採用内定後,同社の営業課主任と記載された名刺等をY2に交付し,Y2はX社の派遣先企業の1つであるA社を訪れて派遣スタッフにX社金沢営業所が閉鎖されるなどの虚偽の事実を述べてY社への入社を勧誘し,この名刺を渡した。平成12年4月22日にY2は,A社への派遣スタッフ15名ほどを飲食店に集めて会合を持ち,会合にはY1およびT社の代表者も同席し,Y1は自分もX社を退職することを告げて,Y社に転職後も従前同様にA社に派遣されることや利益供与を申し出て転職を勧誘した。  

 同月30日に,X社の金沢営業所および富山営業所の派遣スタッフ合計182名のうち80名が突然一斉にX社を退職し,そのうちのほとんどが翌日にY社に入社し,X社在籍中と同じ各派遣先企業にY社から派遣された。  

 同年6月ころ,Y1はY社に入社前であったが,X社の派遣先企業でありY1が在職中に管理を担当していたD社へのX社の派遣スタッフ5名に現金3万円を手渡してY社への移籍を勧誘した。Y1は,移籍を決意した4名の派遣スタッフに退職届の提出等を指示し,4名は7月31日にX社を退職し,翌日にY社に入社し,Y社からD社に派遣された。

2 裁判所の結論

◎人材派遣企業間の派遣スタッフの引き抜きについて  

 会社側の7965万0366円の請求について、裁判所が認容したのはわずか628万9464円

 

【法律事項のまとめ】

1 労働者の秘密保持義務について

- 誠実・配慮の関係(←信義誠実の原則)における義務  

 Ⅰ 不正競争防止法による保護    

・ 「営業秘密」:「秘密管理性」「有用性」「非公知性」の3要件を満たす技術又は営業上の情報    

・ 「不正競争」の一類型とし(2条1項7号)、不正開示行為がなされた場合には、契約上の根拠がなくても、同法に基づいて、同行為の差止め(3条1項)、侵害行為を組成した物の廃棄、侵害行為に供した設備の除去(同条2項)、損害賠償(4条)、信用回復措置(14条)などの救済を求めることができる。罰則あり(21条)。  

・ 不正競争防止法上の秘密保持義務は、労働契約の存続中だけでなく終了後にも及ぶ。    

・ 実際には、要件が厳格であるため、不正競争防止法による秘密保護は容易に認められず、実務上は、労働契約上の秘密保持義務が重要な役割を担っている。

 

 Ⅱ 労働契約上の秘密保持義務    

労働者は、労働契約上の付随義務として、信義則(民法1条2項)に基づき、使用者の営業上の秘密を保持すべき義務を負うものと解されている。     

  〇 アイメックス事件(東京地判平17・9・27)    

(1)労働者の在職中の秘密保持義務  

 信義則上の秘密保持義務は、基本的に、就業規則や労働契約上の特約の存否にかかわらず存在しているものと解釈され、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当しない秘密についても及びもの。  

 営業秘密保持義務違反に対して、使用者は、債務不履行として損害賠償を請求することができる。  

 また、就業規則上の含む規律の一つとして「職務上知り得た秘密を他に漏えいしないこと」等の規定が置かれていることも多く、このような職務規律違反として懲戒処分や解雇がなされることもある。    

 

(2)労働契約の終了後の秘密保持義務 

 信義則上の秘密保持義務が及び続けるのかについては、解釈上争いがあるが、労働者が労働契約の終了後予測できない拘束を受け続けることを避けるためには、信義則に基づく秘密保持義務は労働契約の終了に伴い消滅するものと解すべき。     

  〇 アイメックス事件(東京地判平17・9・27)

   [請求棄却(請求 3424万4064円)]    

 

(3)労働者の退職後の秘密保持義務

 就業規則や個別特約によって在職中の職務等と関連する情報についての秘密保持が定められている場合に限り、その契約の不履行に対する損害賠償請求や秘密漏えいの差止請求が認められうるものと解される。     

  〇 ダイオーズサービシーズ(東京地判平14・8・30)

   [退職後の秘密保持義務を定めた特約(誓約書)の効力を承認し損害賠償請求を認容した事例(120万円[請求 437万2703円])]    

  〇 フォセコ・ジャパン・リミティッド事件(奈良地判昭45・10・23)

   [退職後の秘密保持・競業避止を定めた特約の効力を承認し差止請求を認容した事例]

 

2 労働者の競業避止義務について  

(1)労働契約の存続中の競業避止義務  

 就業規則や労働契約上の特約の存否にかかわらず、信義則に基づいて労働者は競業避止義務を負うものと解されている。   

 

(2)労働契約の終了後の競業避止義務

 信義則に基づく競業避止義務は消滅し、就業規則や労働契約等の特別の定めがある場合に限り、それらの約定に基づいて競業避止義務が認められるうるものと解されている。  

 もっとも、競業行為の制限は、使用者の営業の利益を守ろうとするものである反面、退職労働者の職業選択の自由(憲法22条)を制限するという側面や,競争制限により独占集中を招き一般消費者の利益を害するという側面もあるため、その有効性(公序良俗違反性又は就業規則規定の場合はその合理性[労契法7条])が問題となりうる。

  〇 フォセコ・ジャパン・リミティッド事件(奈良地判昭45・10・23)  

 競業の制限が合理的範囲を超え、退職労働者の職業選択の自由等を不当に拘束する場合には、その制限は公序良俗に反し無効となる。合理的範囲の確定に当たっては、        

    ① 競業制限の期間        

    ② 場所的範囲        

    ③ 制限対象となる職種の範囲        

    ④ 代償の有無       

     等を基準に、      

    a 使用者の利益(企業秘密の保護)        

    b 退職労働者の(不)利益(転職、再就職の不自由)        

    c 社会的利害(一般消費者の利益)       

     の三つの視点に立って慎重に立って慎重に検討することを要する。     

 

  〇 レジェンド元従業員事件(福岡高裁令2・11・11)

 [もともと個人事業(保険代理店業)として獲得し会社の事業に移管していた既存顧客に対する営業活動も含めて禁止することによる退職労働者の不利益は極めて大きく(b)、代償措置が講じられていたとは認められない(在職中の報酬も実質的な代償措置とは認められない)(④)として、競業避止特約を公序良俗に反するとした事例]     

 

  〇 ジャクパコーポレーションほか1社事件(大阪地裁平12・9・22) (⇒検討【事例2】)

 [再就職・競業禁止条項(誓約書)について、その合意・提出の経緯、当事者の認識から、労働者がその内容を理解し自由な意思で合意・提出したものとはいえないとし、退職後の職業選択の自由を制限する効力をもつものとはいえないとした事例]  

 

(3)退職後の競業避止義務

 従業員が退職した後に競業避止義務を果たすためには、退職後の競業避止義務を定めた就業規則や特約等が必要であるというのが多数説であるが、これらの説も、特約等がない場合であっても、退職後の競業の態様等のいかんによっては元従業員が不法行為に基づく損害賠償責任を負うことがあり得ることを否定していない。

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