“問題社員”の対応にはご用心!
-- 当社も,中小企業ながら,先行投資として,従業員の賃金アップをしようと考えています。
前田 それは大変結構なことです。でも,社長の見込みがはずれても,景気が悪くなったからという程度の理由で賃金を減額することはできないということはご存じですよね。
-- えっ。
前田 賃金減額ということになれば従業員の合意が原則として必要です。もし実は心配な労務問題があるということなら,賃金改善をしたからといって,抜本的には何も解決はしませんよ。従業員だって,お金のためだけに働いているわけじゃないんですから。
-- ……。いよいよになったら,1か月分を渡して問題社員を解雇すればよいのではないできるでしょう。
前田 それは,解雇できる場合であっても,原則として1か月分は渡さなければならない,という意味です。お金を渡せば解雇できるということではありません。そもそも従業員を解雇することは経営者が考えているほど簡単ではありません。「病気で元の業務を遂行できなくとも配置可能な業務を検討すべきである」とか,「平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり,、著しく労働能力が劣り,しかも向上の見込みがないという場合がなければならない」などとして解雇を無効とした裁判例は珍しくありません。業務命令違反の労働者に対する4回のけん責(戒告)後の解雇を無効とした裁判例もあります。ところで,日常の労務管理は大丈夫ですか。
-- 残業問題はきちんと対策を講じていますよ。
前田 残業代を請求された経営者は,「残業代は支給しないを同意していた」「基本給に残業代を含めて金額を決めていた」「管理職手当・精勤手当に残業代が含まれている」「歩合給を支払っている」「年俸制にしている」「監理監督者である」「時間外に仕事を命じていない」「休憩していて仕事をしていない」などと反論します。しかし,これらは,まったくダメか,怪しい弁解ばかりなのです。まさか、社長,このどれかを採用して安心しているんじゃないでしょうね。
-- いや,その……。
前田 それどころか,仮眠時間や,空き時間にパソコンで遊んだ場合も労働時間に含まれるとした事例,労働者自身が作成した超勤時間整理簿を基に残業時間を認定した事例もあるのです。経営者の立場で考えると,裁判所の判断は複雑怪奇と言うほかない間も知れません。しかし,労務管理・労使関係ついては,労働法や裁判所の判断は,基本的には,労働者に有利に適用・運用されていることを理解しなければなりません。男性の育休取得に関するパタニティハラスメントの問題(当連載31回参照)のように,物事の考え方の違いや価値観の違いに根ざした紛争や対立も増えており,経営者が感情的になれば,それだけで解決不能となりかねません。挙げ句の果て,「ブラック企業」とレッテルを貼られたては目も当てられません。解雇,残業問題を契機に労働組合が結成されることもあります。
-- うちは従業員数も少ないし,組合とは無縁でしょう。
前田 一人でも加入できる「合同労組」・「ユニオン」といった組織があります。解雇後に駆け込みで加入した元従業員とともに訪れた企業外の組合員多数に「団体交渉に社長を出席させろ」「決算書を提出しろ」などと要求され応じざるを得なくなった事例もあり,初動対応が重要です。
-- 労使紛争を招かないためにはどうしたらよいのですか。
前田 かえって,新たに人手不足が経営問題化し,労務問題への場当たり的な対応は,企業を弱体化しかねません。まずは,経営者の思いが通用しないことを胆に命じることです。そして,案件の個別具体的な事情を背景にまで遡って分析し,特殊性も含め問題の核心を把握し,戦術的なことも含め緻密な対応策を検討していくことが不可欠です。もちろん労働法,判例・裁判例を研究し尽くした上でのことですが。増加するうつ病・メンタルヘルス問題(健康管理,休職,職場復帰),セクハラ・パワハラ問題も同様です。先日,北海道労働委員会(道の行政機関)で不当労働行為と認定された事案を,東京の中央労働委員会(労働委員会の最高裁判所のようなイメージ)の持ち込み,意に適った和解を成立させることができました。労働法,裁判の実際を理解した上で,総合的な観点で違った切り口を工夫すると,上手く解決することもあります。
(2014年8月)
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。