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日本一の給与にしなければ、日本一の会社にはなれない・サイバーエージェント、 今年も初任給42万円 長時間労働リスクの懸念も

 

1 固定残業制による高額初任給と長時間労働リスク

サイバーエージェント、
今年も初任給42万円 長時間労働リスクの懸念も

 日経ビジネス(2024.4.12)の記事のタイトルです。

 この日経ビジネスの記事は、

「初任給引き上げが波紋を呼んでいる。アパレルのセレクトショップを手掛けるTOKYO BASEは、2024年4月から初任給を40万円に引き上げると発表。ただし80時間分の固定残業代を含み、「長すぎるのでは」と話題を集めた。」

とのリードで始まり、

「長時間の固定残業制による賃上げは近年目立つ。サイバーエージェントや人材サービスのレバレジーズ(東京・渋谷)も80時間分の固定残業制を導入。……」

と展開していきます。

 TOKYO BASEは、80時間分の残業をさせようと考えているわけではなく、現在の平均の残業時間は20時間以内という中、残業代名目で総支給額を嵩上げています。
 嵩上げのために、基本給を上げると、賞与、退職金に影響を与える可能性があることを踏まえての目論みのようです。

 この記事では、「固定残業制による高額初任給が相次ぐ」と指摘され、サイバーエージェント,TOKYO BASEのほか、人材サービスのレバレジーズ、DeNA、楽天グループ、GMOインターネットグループが紹介されています。

2 「固定残業代制」とは

 日経ビジネスの記事では、「固定残業制」という語が用いられています。が、「固定」するのは、残業ではなく、残業代ですので、「固定残業代制」というのが通例です。
 「固定残業代制」(「定額残業代」制度という例もあります。)とは、あらかじめ定額の割増賃金を設定(「固定残業代」・「定額残業代」)して支給する仕組みのことです。
 悪質とされる極端な例としては、定額としておいて、労働時間が一定限度を超えても全ての割増賃金をそのなかで収めるという運用がされている場合であるとか、固定残業代を差し引くと基本給の額が、最低賃金を下回っている場合もみられ、そもそも制度として有効なのか、有効となる場合の要件が問題とされてきました。

 固定残業代とされたものが割増賃金であることを否定されると、使用者側にとって、「ダブルショック」と称される厳しい事態となります。

 固定残業代がそもそも割増賃金でないということになれば、その全てがそのまま、労働単価算出の基礎となる給与の範囲に組み込まれることになります。そして、これを基に労働単価が算出され、割増賃金(時間外手当)が算出されることが起こりかねないのです。
 単純に差額を計算して加算すればよいということにはならないのです。

3 労働者側からみた固定残業代のディメリット

 労働者側で残業代請求の第一人者といわれる弁護士は、労働者側からみた固定残業代のディメリットを、次のように整理しています(渡辺輝人『[新版]残業代請求の理論と実務』(旬報社)での経営法曹が集団で著した文献等のまとめ)

  ① 見た目の賃金額を高く設定することで労働者を誘引
  ② 採用後は算定基礎賃金を低くすることで賃金単価を低く抑制
  ③ 一方で固定残業代を多額にすることで別途の残業代発生を防止
  ④ 労働者が使用者に残業代を請求しても支払済みを主張して拒否

4 使用者側から語られる固定残業代のメリット

 固定残業代の有効性が認められても、実際の割増賃金の方が多ければ、差額を支払わなければならないし、固定残業代に達するまでの残業(時間外労働)がなくとも、固定残業代全額を支払わなければなりません。

 それでも固定残業代に社会的メリットがあるという場合の使用者側理由は、次のとおりとされています(前掲渡辺文献)。

  ① 賃金計算処理事務負担の軽減
  ② 長時間労働の抑制手段(負のインセンティブ)
  ③ 採用上の訴求力を高めること(基本給をある程度押さえつつ、手取り総論を上げる)
  ④ 日本型ホワイトカラーエグゼンプション制度(自己管理型労働)の代替

5 判例・裁判例

◎『高知県観光事件』

「タクシー運転手に対する月間水揚高の一定率を支給する歩合給が時間外及び深夜の労働に対する割増賃金を含むものとはいえないとされた事例」

(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決)

◎『テックジャパン判決』

「基本給を月額で定めた上で月間総労働時間が一定の時間を超える場合に1時間当たり一定額を別途支払うなどの約定のある雇用契約の下において、使用者が、各月の上記一定の時間以内の労働時間中の時間外労働外労働についても、基本給とは別に、労働基準法所定の割増賃金の支払義務を負うとされた事例」

(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決)

  *裁判官櫻井龍子の補足意見

◎『医療法人社団庚心会事件』

「法人と医師との間の雇用契約において時間外労働等に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意がされていたとしても、当該年棒の支払いにより時間外ろうづ等に対する割増賃金が支払われたということはできないとされた事例」

(最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決)

  *『モルガン・スタンレー・ジャパン事件』

「外資系証券会社において時間外賃金が基本給に含まれているとされた事例」

(東京地裁平成17年10月19日判決[難波孝一判決])

◎『日本ケミカル事件』

「雇用契約において時間外労働等の対価とされていた定額の手当の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたということができないとした原審の判断に違法があるとされた事例」

(最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決)

  *『日本ケミカル事件・原審』

「①定額残業代を上回る時間外手当の発生を労働者が認識できそれを請求できる仕組みが整備・実行され、②基本給と定額残業代のバランスが適切であり、③その他時間外手当の不払いや健康悪化などの温床となる要因がない場合に限り、定額残業代を時間外手当の支払  とみなすことができるとした事例」

(東京高裁平成29年2月1日判決[野山宏判決])

◎『国際自動車(差戻上告審)』事件

「歩合給の計算に当たり売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨の定めがある賃金規則に基づいてされた残業手当等の支払により労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたとはいえないとされた事例」

(最高裁令和2年3月30日第一法廷判決)

◎『熊本総合運輸事件』

「雇用契約に基づく残業手当等の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたものとした原審の判断に違法があるとされた事例」

(最高裁令和5年3月10日第二小法廷判決)

6 今後の展開

 労働専門部に所属した元裁判官は、次のように述べています(渡辺弘『労働関係訴訟Ⅱ』(青林書院))。
 「もっとも、実務を担当していると、上述の判別要件も、金額適格性要件も満たしてはいるものの、固定残業代の支給を受けている労働者の実際の時間外労働の労働時間は、固定残業代によって設定されている時間外労働の時間を大きく下回っていたり、当該職場では、労働者が従事する業務の内容によって労働時間外の労働時間が大きく異なるのに、一律、同じ固定残業代が支給されているというような不自然な固定残業代の合意が認められる事例が、少なからず見受けられる。もとより、労働基準法所定の割増賃金を大幅に上回る固定残業代を支払っても、そのこと事態は労働基準法違反と評価される余地はないのであり、残業していなくても労働者に暑い残業代を支払う気前の良い使用者であるのかも知れない。しかし、上記のような不自然な固定残業代の合意をする使用者は、残業代請求を提起する可能性のある労働者の存在に備え、残業の実態があるかないかにかかわらず、基本給を基本給部分と残業代部分に分けることにより、残業代の支払を抑制する仕組みを作出しているのではないかとの疑いを持たざるを得ない場合もある。」

 「実際に、筆者は、この固定残業代の事例が増加し始めた時期に、固定残業代を控除した本来の基本給の額が、最低賃金を下回る水準であるという極めて問題性の高い事例も経験した。」と述べられているところからすると、冒頭で紹介したTOKYO BASEなどの場合とは、違う局面を想定した議論であるようにも思われます。

 しかし、TOKYO BASEは、[日本一の給与にしなければ、日本一の会社にはなれない]とのタイトルで、「現在の弊社の平均の残業時間は20時間以内です。月ごとに違いはありますが、店舗で10時間から15時間くらい、本社職で多くて40時間くらいですから、80時間の残業を強いるような環境ではない」と述べ、「■TOKYO BASE 初任給引き上げ&ベースアップの概要」において、「交通費などの手当を含めた総額として、学歴を問わず、40万円をベースとして一律で支給。また、既存社員のベースアップも実施し、3月15日以降の全正社員の月給を40万円以上とする。」と述べています(「初任給を業界最高水準の40万円に引き上げ TOKYO BASE 谷正人代表が目指す「日本一」のファッション企業像」)。
 元裁判官の「一律、同じ固定残業代が支給されているというような不自然な固定残業代の合意が認められる事例」という“言いっぷり”が気になります。

 労働問題は、上手いやり方と思って目論んだら、逆に自分の首を絞めることとなるというような、意外なトラブルが複雑に発生することが少なくありません。

 最近、コロナ禍において、残業が減り、実情に合わなくなった固定残業手当(定額残業代)の合意減額の効力が問題となるようになりました。
 会社が、従業員の同意書への署名押印を得て定額残業代の削減を実施したのに、敗訴してしまった裁判例があります(東京地裁令和2年9月25日判決)。

 今後、経営環境が変容し、当初想定していなかった場面で、労使問題が顕在化するリスクを孕んでいるように思われます。

 

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