パワハラへの対応【使用者側の対応・心構え】
パワハラに対処せよ!
パワーハラスメントは、近年、労働関係の新たな違法行為の類型となっています。
労働局等に寄せられる相談数も急増していますし、紛争解決手続数も急増しています。
パワハラとは?
パワハラ,パワーハラスメントとは,セクハラに次いで,近年,着目されるようになってきた労働問題を表す言葉です。2012年に政府が取りまとめた「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」の報告によりますと,パワハラとは,「同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義されています。
パワハラの類型
①暴行・障害(身体的な攻撃)
②脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
③隔離・仲間はずれ・無視(人間関係からの切り離し)
④職務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制,仕事の妨害(過大な要求)
⑤業務上の合理性がなく,能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じられることや仕事を与えないこと(過小な要求)
⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害),が同報告では挙げられています。
パワハラもセクハラ同様,労働者の人格権を侵害する許されない行為です。パワハラをした労働者が不法行為責任(民法709条)を負い,慰謝料等の損害賠償責任を負うのはもちろんのこと,企業がパワハラ対策について必要な措置をとらなかったと裁判所に評価されれば,企業も「使用者責任」として損害賠償責任を負うことがあります(民法715条)。問題が表面化し,メディアに露出することになれば,その風評被害の深刻さは測りかねません。
もっとも,企業側としても,社員に対する教育や指導を行う必要がありますから,その一環として社員に叱責することもあるでしょう。どこまでが適正な教育,指導で,どこからがパワハラになるのか,その境界線は曖昧で微妙であることもたしかです。企業としては,教育や指導のあり方に関するルールを策定する,パワハラを受けたとする労働者の相談窓口を設置する,などのパワハラ問題が発生・深刻化しないような措置を採るべきでしょう。
ハラスメント問題と企業の責任
ハラスメント問題は、被害者と加害者との問題に止まらず、一定の場合には企業の法的責任が問われるのが常識となってきました。その場合の難しさは、〇〇ハラの定義、企業の法的責任が問われる一定の場合の〇〇ハラとは、具体的にどのような内容を備えたものなのか、それにあたるかどうかの基準はどのようなものかなどという事柄です。
結論から言うと、定義をいくら詰めてみても、現場ではほとんど役に立たないということです。それが主観的なものであっても、被害者側の受け止め方が大きな意味を持ち、トラブル・紛争の発生、解決の困難性を基礎付けるのです。古いたとえですが、「同じことをキムタクに言われるとウキウキするが、斜め横の席にいる○○課長に言われると身の毛がよだつ!」それがハラスメント事件の特徴です。
ハラスメント問題の現場での予防・解決に必要なことは、それをまず、良い悪いとか、納得できるできないとかいった、物事の在り方、生き方・価値観といった視点ををとりあえず横において、「関係性」の問題と捉えることです。
そして、問題を、まずは、ある場面で個別具体的に対応していくことから始めることがキモとなります。とはいえ、それだけに対処方法は、臨機応変・総力戦的とならざるを得ないモノで、ここからは各論ということになります。
以下では、FAQ(よく訊かれる質問)のうち、一般的に答えても差し支えないものを取り上げておきましょう。ただ、現実の予防・解決は、上記のとおりですので、頭に不安が起きた時点で、必ず専門家に相談してください。
――パワハラという言葉を頻繁に耳にするようになりました。
他者の人格を傷つける行為のひとつと捉えられます。
法律の中に登場する用語ではありませんでしたが、違法対象を、性的要素を伴わない場面に広げる中で作られた言葉です。
同様に、モラハラという言葉も生まれました。上司によるものではないとか、陰湿な非有形力によるものであるなどです。パワハラと区別して説明されることもありますが、明確な定義はありません。
――社員同士の問題でも、使用者に責任があるのですか。
かつては、社長や院長が事件を起こさない限り、関係ないと思い込んでいる使用者が多かったですが、今は少数派でしょうね。いうまでもなく、大間違いです。
――パワハラは法律上の規定がなかったのですね。
令和元(2019)年5月29日、労働施策総合推進法という法律の改正が国会で成立し、次の内容が盛り込まれ、パワハラ防止の法制化がされました。
(1)パワハラの定義(30条の2第1項)
(2)パワハラ防止措置義務(30条の2第1項)
(3)不利益取扱いの禁止(30条の2第2項)
(4)国などの責務(30条の3)
(5)紛争解決の援助等(30条の4~ほか)
もっとも、この法制化がされるまでもなく、裁判所で、パワハラ訴訟において、一定の場合に不法行為責任が認められてきました。
そもそも、「法律の規定がなければ、法的義務を負うことがない」という考えは、それ自体が重大な誤りです。特に労働法の世界では、このような場面が顕著に現れます。
セクハラの法規制が確立されたのは平成9年の雇用機会均等法改正です。しかし、セクハラ訴訟として不法行為責任が認められた裁判として、既に平成2年に判決があります。明文の法律がなくとも、裁判所が独自に判断し、法律に先行して法を創造していくこと(判例)も少なくないのです。違法対象が拡大される方向にあるという認識をもって下さい。世間から企業が加害者側と見られた場合、信用失墜、風評被害につながり、ダメージが大きい。職場環境配慮義務を負う使用者としては本腰を入れ、積極的に対応しなければなりません。
前田尚一法律事務所 代表弁護士
北海道岩見沢市出身。北海道札幌北高等学校・北海道大学法学部卒。
私は、さまざまな訴訟に取り組むとともに、顧問弁護士としては、直接自分自身で常時30社を超える企業を担当しながら、30年を超える弁護士経験と実績を積んできました。
使用者側弁護士として取り組んできた労働・労務・労使問題は、企業法務として注力している主要分野のひとつです。安易・拙速な妥協が災いしてしまった企業の依頼を受け、札幌高等裁判所あるいは北海道労働委員会では埒が明かない事案を、最高裁判所、中央労働委員会まで持ち込み、高裁判決を破棄してもらったり、勝訴的和解を成立させた事例もあります。